お供えの花

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なぜ菊の花が定番になったのか

菊の花といえば、お墓やお葬式につきもの。このイメージは古くから日本人の間に定着しています。では、なぜ菊の花が仏花(ぶっか。お供えの花)として使われるようになったのでしょうか。

植物としての菊の特徴としては、「花が長持ちして、枯れる時も花が散りにくく周囲を汚さない」ということになります。しかしこのような用途に使う花ですから、ただ実用一辺倒ということはありません。日本人にとって、菊とはどのような植物なのでしょうか。

日本の国を象徴する花といえば、誰もが思いつくのが桜。ぱっと咲いてぱっと散る、一瞬の美しさを体現した桜の花は、日本人がよしとする潔さやメリハリを象徴します。日本の花、といえば桜以外にもう一つ。パスポートを持っている人は、表紙を見てみましょう。そこに描かれているのは日本国旗の日の丸でも桜の花でもなく、菊の花。菊の花といえば、皇室の紋章としても知られています(パスポートの菊花は皇室の御紋とは花びらの数が違います、念のため)。また、アメリカの女性人類学者ルース・ベネディクトが出版した日本研究の名著は、その名も『菊と刀』といいます。日本人には、菊を育てその美しさを愛でる芸術性がある一方、刀に象徴される力や強い意志を高く評価するという一見矛盾した二つの面がある、と評価しました。戦後すぐに発表された『菊と刀』はすぐに日本語訳版も発売され、戦後自己評価の軸を見失っていた日本人に大きな衝撃を与えたといいます。

ちょっと話がそれました。さて、そんな日本を代表する花である菊。江戸時代の中頃、1698年に博物学者の貝原益軒が書いた『花譜』によれば、当時すでに200種を超える菊の花があったということです。園芸用に交配されて、今ではもっと増えていることでしょう。
菊の花は、中国からやってきました。中国では紀元前1000年という昔から栽培されていましたが、日本に輸入されたのは奈良時代の末頃だとされています。もともとは薬草として持ち込まれたのですが、当時の日本人はすぐにその美しさに気づきました。菊は、宮廷や貴族の館の庭には欠かせないものとなりました。905年に編纂された『古今和歌集』には、日本史上トップクラスのイケメンとして有名な在原業平ら13人の歌人が菊についての歌を寄せています。フィクションの中でも、『源氏物語』では平安時代の貴族にとって菊がどんな存在だったかを見ることができます。

菊は薬草から上流階級が愛する花へと変わりましたが、その流れを決定づけたのが豊臣秀吉です。秀吉は自分以外の武士が菊を家紋として使うことを禁じました。江戸時代を通じて菊の栽培は一般庶民にも広がっていきます。明治維新が起こると、明治政府は菊を天皇専用の紋章として定めました。許可なく菊の紋章を扱うと、賦形剤として罰せられたのです。また、「天皇の軍隊」だった陸軍と海軍の兵器、つまり陸軍であれば三八式小銃、海軍なら戦艦大和などの軍艦には天皇の持ち物であることを示す菊の紋章が掲げられています。戦後になると菊を使うことを禁じる法律はなくなりましたが、日本人が菊を大切にする心は今でも生きているといえるでしょう。

菊以外の花で、供花につかってよいものは

さて、上で述べてきたように「お墓やお参りの供花は菊」というのは決まりでも何でもなく、いわば昔の人たちの好みが代々伝承されてきた結果です。つまり、お供えの花はなんだっていい……という理屈になります。実際、お葬式で使う祭壇も最近は白木に菊、というお決まりのものばかりではなく、生花の彩りを生かした生花祭壇や、個人のイメージを尊重したデザイン祭壇などもあります。またお墓も、従来型の和型三段墓ばかりではなく、洋型墓石やさまざまなデザイン墓石が登場しました。使われている石も黒御影石ばかり、という時代でもありません。仏壇も、黒い漆塗りに金箔ばかりではなく、木目の風合いを生かした近代的なものも増えています。それぞれによく合うような、それぞれのお花を備えることに何の問題もないのです。
しかし、やはり注意しておきたいのは地域ごとの習わしや、個人やご家族の宗派での決まり事を守ることです。きれいなお花、よいお花をお贈りしたいという気持ちはとても尊いことですが、それを相手に押しつけるようなことがあってはいけません。あくまで、お受けいただく方のお気持ちがあってのこと。気になる場合は、お花をお持ちする前にお問い合わせをするのがよいでしょう。お葬式の場合などは、「枕花」としてお贈りするのが角も立たず、賢いやり方だと思います。

例えば華道を嗜む方であれば季節に応じた美しいお花を自分でアレンジされたり、ご実家の庭に咲いている思い出深いお花を供えたり。夏であれば満開のひまわり、母の日ならカーネーションでもいいでしょう。お互いにとって迷惑でなければ、気持ちを尽くすのがもっとも大事なことだといえます。

菊は長らく葬儀やお供えで使われてきただけに、どうしても陰気なイメージを持つ方も多いようです。人気と伝統の弊害ともいえますが、それだけに「しめやかに、かつ菊ではない花で」という考え方を持つ方も増えておられますね。
3d2e1d0bb05c4f133bcb1ef5db1eea7d_s最近増えているのが、白いユリの花です。ユリは華やかで、それでいてけばけばしくないので人気があります。グラジオラスも人気です。夏に咲くものが多く、花の色、花の大きさ、花の形などバリエーションが幅広いので、さまざまなオーダーに応えることができます。大型で堂々とした雰囲気のものが多く、花の数も多いので非常に見栄えがよいのも特徴です。リンドウは秋の花で、濃い青紫色の花は清潔で気高く、古くから日本人に親しまれてきました。歴史の古い種なので種類は大変に多く、さらには園芸種として改良もされていますからさまざまな姿のリンドウが存在します。生花として流通しているのは、エゾリンドウやオヤマリンドウを園芸品種にしたものです。トルコキキョウは、その名と違って実はトルコ発祥の花ではありません。北米大陸の中部、テキサス州やメキシコなどの雨の少ない乾燥地帯に分布しています。すらっと伸びた茎の先端に咲く色とりどりの花はたいへん豪華で、気品があります。日本には昭和10年代に輸入されました。花の色は白、紫、黄色、ピンク、青など。春先から秋まで咲きますが、栽培技術の進歩で一年中入手することができます。

ここで挙げたような花は供花として使われることは増えていますが、お墓に供える場合は一つ気をつけることがあります。それは、花粉です。墓石に花粉がつくと、そこから変色してしまう場合があるのです。こまめに掃除していれば問題はないはずですが、念のため供花を求める際に花屋さんにお願いして、花粉を取り除いてもらうといいでしょう。特にユリの花は花粉が多いので、念には念を入れて注意したいですね。

お供えの花

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なぜ菊の花が定番になったのか

菊の花といえば、お墓やお葬式につきもの。このイメージは古くから日本人の間に定着しています。では、なぜ菊の花が仏花(ぶっか。お供えの花)として使われるようになったのでしょうか。

植物としての菊の特徴としては、「花が長持ちして、枯れる時も花が散りにくく周囲を汚さない」ということになります。しかしこのような用途に使う花ですから、ただ実用一辺倒ということはありません。日本人にとって、菊とはどのような植物なのでしょうか。

日本の国を象徴する花といえば、誰もが思いつくのが桜。ぱっと咲いてぱっと散る、一瞬の美しさを体現した桜の花は、日本人がよしとする潔さやメリハリを象徴します。日本の花、といえば桜以外にもう一つ。パスポートを持っている人は、表紙を見てみましょう。そこに描かれているのは日本国旗の日の丸でも桜の花でもなく、菊の花。菊の花といえば、皇室の紋章としても知られています(パスポートの菊花は皇室の御紋とは花びらの数が違います、念のため)。また、アメリカの女性人類学者ルース・ベネディクトが出版した日本研究の名著は、その名も『菊と刀』といいます。日本人には、菊を育てその美しさを愛でる芸術性がある一方、刀に象徴される力や強い意志を高く評価するという一見矛盾した二つの面がある、と評価しました。戦後すぐに発表された『菊と刀』はすぐに日本語訳版も発売され、戦後自己評価の軸を見失っていた日本人に大きな衝撃を与えたといいます。

ちょっと話がそれました。さて、そんな日本を代表する花である菊。江戸時代の中頃、1698年に博物学者の貝原益軒が書いた『花譜』によれば、当時すでに200種を超える菊の花があったということです。園芸用に交配されて、今ではもっと増えていることでしょう。
菊の花は、中国からやってきました。中国では紀元前1000年という昔から栽培されていましたが、日本に輸入されたのは奈良時代の末頃だとされています。もともとは薬草として持ち込まれたのですが、当時の日本人はすぐにその美しさに気づきました。菊は、宮廷や貴族の館の庭には欠かせないものとなりました。905年に編纂された『古今和歌集』には、日本史上トップクラスのイケメンとして有名な在原業平ら13人の歌人が菊についての歌を寄せています。フィクションの中でも、『源氏物語』では平安時代の貴族にとって菊がどんな存在だったかを見ることができます。

菊は薬草から上流階級が愛する花へと変わりましたが、その流れを決定づけたのが豊臣秀吉です。秀吉は自分以外の武士が菊を家紋として使うことを禁じました。江戸時代を通じて菊の栽培は一般庶民にも広がっていきます。明治維新が起こると、明治政府は菊を天皇専用の紋章として定めました。許可なく菊の紋章を扱うと、賦形剤として罰せられたのです。また、「天皇の軍隊」だった陸軍と海軍の兵器、つまり陸軍であれば三八式小銃、海軍なら戦艦大和などの軍艦には天皇の持ち物であることを示す菊の紋章が掲げられています。戦後になると菊を使うことを禁じる法律はなくなりましたが、日本人が菊を大切にする心は今でも生きているといえるでしょう。

菊以外の花で、供花につかってよいものは

さて、上で述べてきたように「お墓やお参りの供花は菊」というのは決まりでも何でもなく、いわば昔の人たちの好みが代々伝承されてきた結果です。つまり、お供えの花はなんだっていい……という理屈になります。実際、お葬式で使う祭壇も最近は白木に菊、というお決まりのものばかりではなく、生花の彩りを生かした生花祭壇や、個人のイメージを尊重したデザイン祭壇などもあります。またお墓も、従来型の和型三段墓ばかりではなく、洋型墓石やさまざまなデザイン墓石が登場しました。使われている石も黒御影石ばかり、という時代でもありません。仏壇も、黒い漆塗りに金箔ばかりではなく、木目の風合いを生かした近代的なものも増えています。それぞれによく合うような、それぞれのお花を備えることに何の問題もないのです。
しかし、やはり注意しておきたいのは地域ごとの習わしや、個人やご家族の宗派での決まり事を守ることです。きれいなお花、よいお花をお贈りしたいという気持ちはとても尊いことですが、それを相手に押しつけるようなことがあってはいけません。あくまで、お受けいただく方のお気持ちがあってのこと。気になる場合は、お花をお持ちする前にお問い合わせをするのがよいでしょう。お葬式の場合などは、「枕花」としてお贈りするのが角も立たず、賢いやり方だと思います。

例えば華道を嗜む方であれば季節に応じた美しいお花を自分でアレンジされたり、ご実家の庭に咲いている思い出深いお花を供えたり。夏であれば満開のひまわり、母の日ならカーネーションでもいいでしょう。お互いにとって迷惑でなければ、気持ちを尽くすのがもっとも大事なことだといえます。

菊は長らく葬儀やお供えで使われてきただけに、どうしても陰気なイメージを持つ方も多いようです。人気と伝統の弊害ともいえますが、それだけに「しめやかに、かつ菊ではない花で」という考え方を持つ方も増えておられますね。
3d2e1d0bb05c4f133bcb1ef5db1eea7d_s最近増えているのが、白いユリの花です。ユリは華やかで、それでいてけばけばしくないので人気があります。グラジオラスも人気です。夏に咲くものが多く、花の色、花の大きさ、花の形などバリエーションが幅広いので、さまざまなオーダーに応えることができます。大型で堂々とした雰囲気のものが多く、花の数も多いので非常に見栄えがよいのも特徴です。リンドウは秋の花で、濃い青紫色の花は清潔で気高く、古くから日本人に親しまれてきました。歴史の古い種なので種類は大変に多く、さらには園芸種として改良もされていますからさまざまな姿のリンドウが存在します。生花として流通しているのは、エゾリンドウやオヤマリンドウを園芸品種にしたものです。トルコキキョウは、その名と違って実はトルコ発祥の花ではありません。北米大陸の中部、テキサス州やメキシコなどの雨の少ない乾燥地帯に分布しています。すらっと伸びた茎の先端に咲く色とりどりの花はたいへん豪華で、気品があります。日本には昭和10年代に輸入されました。花の色は白、紫、黄色、ピンク、青など。春先から秋まで咲きますが、栽培技術の進歩で一年中入手することができます。

ここで挙げたような花は供花として使われることは増えていますが、お墓に供える場合は一つ気をつけることがあります。それは、花粉です。墓石に花粉がつくと、そこから変色してしまう場合があるのです。こまめに掃除していれば問題はないはずですが、念のため供花を求める際に花屋さんにお願いして、花粉を取り除いてもらうといいでしょう。特にユリの花は花粉が多いので、念には念を入れて注意したいですね。