葬儀とお墓の風習~関東編

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2c293bce1331f8e62e9fb93e571f029c_s徳川家康による江戸開府以来500年あまり、関東地方は日本の中心として全国から人やモノが集中してきました。明治維新から戦後にかけては多くの人々が成功を目指して上京してきました。この動きは高度経済成長期をピークとしていましたが、「地方の時代」といわれる現代であってもその事情はあまり変わらず、今も毎年春になれば地方から上京してきた若者の姿を見ることができます。そのため、東京の風習はいなせな江戸の町人文化、旗本御家人や諸藩の武士による武家文化などの江戸由来の文化に加え、全国各地出身の人々が折衷して生み出してきた「標準語」ならぬ「標準文化」があるといえるでしょう。

pixta_17547986_Sそんな中で、東京ならではの葬儀やお墓の風習といえばなんでしょうか。
「風習」とはちょっと違いますが、地方出身の方が東京で亡くなられた場合、「火葬は東京、葬儀は地方」というケースが多くあります。火葬自体は、法律で「死後二十四時間以内に火葬してはならない」と決められており、それ以降であればいつでも行うことができます。しかし現実的には、ご遺体を冷温で保存する必要があるために二十四時間以降できれば早く行う、ということになります。またご遺体を東京から地方までお運びするのは費用面でも大変です。そこで東京で火葬を行い、ご遺骨を地元に運んで本葬を営む、というかたちになります。東京は人口が集中しているために火葬場の空きが少ないことも問題視されています。ほとんどの地域では火葬場は公営ですが、東京ではそれだけでは足りずに民営の火葬場もありますが、それでも日々フル回転で業務をこなしているようです。

また、東京では葬儀が終わった後には参列者にお斎をふるまう慣例があります。参列者は焼香後、別室でお寿司や料理、ビールやお酒を口にして故人をしのびます。一口でも口にするのが個人に対する供養だとされているので、出席する機会があったら遠慮なく故人に献杯されるとよいでしょう。

東京を離れ、群馬県の葬儀の慣習を見てみましょう。群馬県では、位牌の扱いに違いがあります。他の地域では、お位牌は喪主の家族が住むご家庭の仏壇に安置するもの。しかし群馬県では、喪主の兄弟、つまり故人の子供たちの人数分お位牌を作り、それぞれが自宅に持ち帰って供養します。仏教の考え方からすれば、個人の魂はお位牌に宿るわけではなく、お位牌はあくまで故人に対するお祈りをささげるためのきっかけになるもの。ですから、理屈でいえばいくつあってもいいものです。とはいえお位牌を用意するのにも費用がかかりますから、参列者に配る……なんてことはできません。兄弟など近しい親族でお位牌を分け合い、皆が思い思いに日々お参りするのが一番でしょう。

群馬県の農村地帯では、「でがの飯」といって告別式の際に一膳の飯椀を一同で回して一口ずつ食べるふりをし、故人を共に弔う気持ちを表します。通夜などの際に故人の枕元に用意する「枕飾り」には一膳飯を用意しますが、これと関わりはあるのでしょうか。一膳飯には故人が生前使っていたお箸をまっすぐ立てる習わしがあるため、子供たちは「ご飯にお箸を刺しちゃいけません!」と怒られます。同様に、お箸同士でなにかを受け渡すのは火葬の後にお骨を渡す時だけですから、食事の際にこれをやってしまうと、また怒られます。日常生活と葬儀の習慣、なにげなくかかわりがある場合がありますね。

葬儀とお墓の風習~関東編

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2c293bce1331f8e62e9fb93e571f029c_s徳川家康による江戸開府以来500年あまり、関東地方は日本の中心として全国から人やモノが集中してきました。明治維新から戦後にかけては多くの人々が成功を目指して上京してきました。この動きは高度経済成長期をピークとしていましたが、「地方の時代」といわれる現代であってもその事情はあまり変わらず、今も毎年春になれば地方から上京してきた若者の姿を見ることができます。そのため、東京の風習はいなせな江戸の町人文化、旗本御家人や諸藩の武士による武家文化などの江戸由来の文化に加え、全国各地出身の人々が折衷して生み出してきた「標準語」ならぬ「標準文化」があるといえるでしょう。

pixta_17547986_Sそんな中で、東京ならではの葬儀やお墓の風習といえばなんでしょうか。
「風習」とはちょっと違いますが、地方出身の方が東京で亡くなられた場合、「火葬は東京、葬儀は地方」というケースが多くあります。火葬自体は、法律で「死後二十四時間以内に火葬してはならない」と決められており、それ以降であればいつでも行うことができます。しかし現実的には、ご遺体を冷温で保存する必要があるために二十四時間以降できれば早く行う、ということになります。またご遺体を東京から地方までお運びするのは費用面でも大変です。そこで東京で火葬を行い、ご遺骨を地元に運んで本葬を営む、というかたちになります。東京は人口が集中しているために火葬場の空きが少ないことも問題視されています。ほとんどの地域では火葬場は公営ですが、東京ではそれだけでは足りずに民営の火葬場もありますが、それでも日々フル回転で業務をこなしているようです。

また、東京では葬儀が終わった後には参列者にお斎をふるまう慣例があります。参列者は焼香後、別室でお寿司や料理、ビールやお酒を口にして故人をしのびます。一口でも口にするのが個人に対する供養だとされているので、出席する機会があったら遠慮なく故人に献杯されるとよいでしょう。

東京を離れ、群馬県の葬儀の慣習を見てみましょう。群馬県では、位牌の扱いに違いがあります。他の地域では、お位牌は喪主の家族が住むご家庭の仏壇に安置するもの。しかし群馬県では、喪主の兄弟、つまり故人の子供たちの人数分お位牌を作り、それぞれが自宅に持ち帰って供養します。仏教の考え方からすれば、個人の魂はお位牌に宿るわけではなく、お位牌はあくまで故人に対するお祈りをささげるためのきっかけになるもの。ですから、理屈でいえばいくつあってもいいものです。とはいえお位牌を用意するのにも費用がかかりますから、参列者に配る……なんてことはできません。兄弟など近しい親族でお位牌を分け合い、皆が思い思いに日々お参りするのが一番でしょう。

群馬県の農村地帯では、「でがの飯」といって告別式の際に一膳の飯椀を一同で回して一口ずつ食べるふりをし、故人を共に弔う気持ちを表します。通夜などの際に故人の枕元に用意する「枕飾り」には一膳飯を用意しますが、これと関わりはあるのでしょうか。一膳飯には故人が生前使っていたお箸をまっすぐ立てる習わしがあるため、子供たちは「ご飯にお箸を刺しちゃいけません!」と怒られます。同様に、お箸同士でなにかを受け渡すのは火葬の後にお骨を渡す時だけですから、食事の際にこれをやってしまうと、また怒られます。日常生活と葬儀の習慣、なにげなくかかわりがある場合がありますね。