葬儀とお墓の風習~東北編

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東北、とひとくちに言っても非常に広い地域で、しかも県内でも海側と山側などで文化や風習が違うところがほとんど。たとえば福島県は浜通り(海側。いわき市、相馬市など)・中通り(奥羽山脈と阿武隈高地にはさまれた地域。福島市、郡山市、白河市など)・会津(県西部、山側。会津若松市、喜多方市、猪苗代町など)にわかれ、それぞれ文化的なバックボーンは大きく異なります。山形県も、県庁所在地山形市を擁する村山地方(他に寒河江市など)、最上地方(新庄市など)、置賜地方(米沢市など)、庄内地方(鶴岡市、酒田市など)に分かれています。それぞれ、明治以前はさまざまな藩が置かれ、小さく分かれていたことが特徴です。

262095ce4aa72faf3eea6cf90e784afe_sでは、その山形県の葬儀の風習についてみてみましょう。
山形県は古い仏教の習わしが強く残っている地域です。お寺の数でいうと曹洞宗が多いのですが、広く民間信仰として残っているのは浄土教、そして町内会組織のようなものとして「念仏講」という集まりがあります。念仏講は、お坊様ではなく在家の信者が集まって念仏を唱えるもので、村の行事やお祭り、古くは雨ごいや厄除けなども行いました。山形県では、お通夜の際に念仏講に属している年配の女性たちが集まり、「ご詠歌」を歌います。これは仏教の教えを五七五七七の和歌の形式にしたもの。仏の教えを、学問がない人でも簡単にわかるようにしたもので、多少趣は異なりますがキリスト教の讃美歌を想像してもらうとわかりやすいでしょう。ご詠歌は、鉦(かね)や太鼓を叩きながら歌うので、お通夜は賑やかなものになります。個人宅では近所迷惑になるのでなかなかできないようですが、農村地帯などではお寺で通夜や葬儀、告別式を行うことが多く、そのような地域ではご詠歌を歌うしきたりが今も生きています。

法要の行い方で特殊なものとしては、五七日の法要の扱い方でしょうか。亡くなられた日から七日目を初七日、そこから七日ごとに法要を行い、四十九日で一回りというのはこのブログでもお話ししました。最近では七日ごとに法要を行うのは遺族側もたいへんなので、葬儀のときに初七日の法要を行い、あとは四十九日まで行わないのが一般的になりつつあります。山形県では、葬儀のときに初七日とあわせて五七日(三十五日)の法要を行います。確かに七日ごとの法要の中では四十九日に次いで重要な法要だとされていますが、特別に行うのは全国的には珍しい。大切な法要なので、省いてしまうのは申し訳ないという気持ちがあるのでしょうか。

595b73b3a05cbead0208c34984aa258f_s山形だけではなんですから、福島県の葬儀の様子にも触れておきましょう。
自宅で葬儀を行った後に、お棺を運び出す「出棺」。このとき、福島県の一部の地域では「仮門」という竹で作った門を作ります。仮門はいわばあの世、冥土の入り口です。この門は出棺の後に壊してしまいますが、もし亡くなった方が迷って戻ってきたとしても、出ていった門がないから元には戻れない……ということだそうです。仮門を作っていた竹を燃やす「門火」という行事を、お盆の送り火のように行う地域もあります。

福島県にも「念仏講」の組織は健在です。地域の寄り合いという性格もある念仏講、お通夜やお葬式のときには手伝いをしてくれるのです。福島県では遺族はお通夜や葬儀で参列者の接待は行わず、地域の念仏講のメンバーが分担して行います。この地域行事としての義務はなかなか強力で、仕事を休むのが当たり前、というところもあるようです。もちろんそういう場合は、会社の側の理解も必要ですが……。お葬式のときは、多くの場合遺族は悲しむ余裕もなく準備や参列客の応対に追われるものですが、念仏講の皆さんに肩代わりしてもらえばそういうこともないのかもしれません。

葬儀とお墓の風習~東北編

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東北、とひとくちに言っても非常に広い地域で、しかも県内でも海側と山側などで文化や風習が違うところがほとんど。たとえば福島県は浜通り(海側。いわき市、相馬市など)・中通り(奥羽山脈と阿武隈高地にはさまれた地域。福島市、郡山市、白河市など)・会津(県西部、山側。会津若松市、喜多方市、猪苗代町など)にわかれ、それぞれ文化的なバックボーンは大きく異なります。山形県も、県庁所在地山形市を擁する村山地方(他に寒河江市など)、最上地方(新庄市など)、置賜地方(米沢市など)、庄内地方(鶴岡市、酒田市など)に分かれています。それぞれ、明治以前はさまざまな藩が置かれ、小さく分かれていたことが特徴です。

262095ce4aa72faf3eea6cf90e784afe_sでは、その山形県の葬儀の風習についてみてみましょう。
山形県は古い仏教の習わしが強く残っている地域です。お寺の数でいうと曹洞宗が多いのですが、広く民間信仰として残っているのは浄土教、そして町内会組織のようなものとして「念仏講」という集まりがあります。念仏講は、お坊様ではなく在家の信者が集まって念仏を唱えるもので、村の行事やお祭り、古くは雨ごいや厄除けなども行いました。山形県では、お通夜の際に念仏講に属している年配の女性たちが集まり、「ご詠歌」を歌います。これは仏教の教えを五七五七七の和歌の形式にしたもの。仏の教えを、学問がない人でも簡単にわかるようにしたもので、多少趣は異なりますがキリスト教の讃美歌を想像してもらうとわかりやすいでしょう。ご詠歌は、鉦(かね)や太鼓を叩きながら歌うので、お通夜は賑やかなものになります。個人宅では近所迷惑になるのでなかなかできないようですが、農村地帯などではお寺で通夜や葬儀、告別式を行うことが多く、そのような地域ではご詠歌を歌うしきたりが今も生きています。

法要の行い方で特殊なものとしては、五七日の法要の扱い方でしょうか。亡くなられた日から七日目を初七日、そこから七日ごとに法要を行い、四十九日で一回りというのはこのブログでもお話ししました。最近では七日ごとに法要を行うのは遺族側もたいへんなので、葬儀のときに初七日の法要を行い、あとは四十九日まで行わないのが一般的になりつつあります。山形県では、葬儀のときに初七日とあわせて五七日(三十五日)の法要を行います。確かに七日ごとの法要の中では四十九日に次いで重要な法要だとされていますが、特別に行うのは全国的には珍しい。大切な法要なので、省いてしまうのは申し訳ないという気持ちがあるのでしょうか。

595b73b3a05cbead0208c34984aa258f_s山形だけではなんですから、福島県の葬儀の様子にも触れておきましょう。
自宅で葬儀を行った後に、お棺を運び出す「出棺」。このとき、福島県の一部の地域では「仮門」という竹で作った門を作ります。仮門はいわばあの世、冥土の入り口です。この門は出棺の後に壊してしまいますが、もし亡くなった方が迷って戻ってきたとしても、出ていった門がないから元には戻れない……ということだそうです。仮門を作っていた竹を燃やす「門火」という行事を、お盆の送り火のように行う地域もあります。

福島県にも「念仏講」の組織は健在です。地域の寄り合いという性格もある念仏講、お通夜やお葬式のときには手伝いをしてくれるのです。福島県では遺族はお通夜や葬儀で参列者の接待は行わず、地域の念仏講のメンバーが分担して行います。この地域行事としての義務はなかなか強力で、仕事を休むのが当たり前、というところもあるようです。もちろんそういう場合は、会社の側の理解も必要ですが……。お葬式のときは、多くの場合遺族は悲しむ余裕もなく準備や参列客の応対に追われるものですが、念仏講の皆さんに肩代わりしてもらえばそういうこともないのかもしれません。