お盆の時期と期間

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お盆の日程はなぜ決まったのか

夏休みといえば、お盆。暑い時期でスイカやかき氷も欠かせませんが、そんな中で年間を通じてもっとも法事が多い時期でもあります。お盆はご先祖様を供養し、その霊を慰め、供養する行事とその期間のことを指します。亡くなったご先祖様が、極楽浄土から現世に帰ってくる日なのです。

cc370b9ad943c887791bcd183f5e926e_sそもそもは盂蘭盆会といい、これはインドで使われていたサンスクリット語の「ウラバンナー」という言葉を漢語にしたもので、もともとの意味は「逆さ吊り」。逆さ吊りとお盆になんの関係が?と思いますが、これは「逆さ吊りにされたような苦しみを取り除く」ということだそうです。

盂蘭盆会の由来は、「盂蘭盆経」という経典に書かれている説話によります。

お釈迦様の十大弟子の一人に、目連尊者(もくれんそんじゃ)という方がおられました。容姿端麗、今でいうイケメンで、さまざまな学問に通じていました。お釈迦様の弟子になってからは神通力を得て、この力でお釈迦様の説法を邪魔する悪魔や龍を降伏させたり、迫害しようとしてくる人間を追放したりしたので、いろいろと恨みを受けて迫害されることも多くありました。

その目連尊者が、初めて神通力を得た時のことです。
目連尊者は、亡き父母に何かできないものか?と思い、その力を使って両親の行方を探したところ、餓鬼道に落ちて何も飲み食いができず、苦しんでいる母親を見つけました。何とか母親を助けたいと思った目連尊者は、鉢に盛ったご飯をお供えとして差し出します。でも、母親がご飯を食べようとすると、口に入れる前に炭になってしまい食べることができません。
目連尊者は号泣し、お釈迦様のところへ戻って、母親の話をしました。
すると、お釈迦様は「あなたのお母さんの罪は重かったようで、あなた一人の力ではどうにもできません。」と諭して、「旧暦7月15日に、安居(あんご)の修行を終えたお坊さんたちにたくさんのお布施やおごちそうをして、心から供養しなさい。そうすれば、父母も先祖も親族も三途の苦しみから逃れることができて、時に応じて解脱し、衣食には困らないでしょう」と、おっしゃいました。
目連尊者が、お釈迦様に言われたとおりにすると、母親は餓鬼から逃れることができ、歓喜の舞を踊りながら無事に往生することができた、といいます。

実は盂蘭盆経は後世に中国で作られたお経で、このお話はインドにはありません。しかし、インドから伝えられたお経「餓鬼事経」には先祖を供養することの大切さが書かれていますから、仏教にこのような考え方があったのも事実でしょう。仏教が中国に伝来し、その教えを広める中で中国古来からの先祖供養の大切さを表すお経が書かれた、ということでしょうか。
さて、母親を救うことができた目連尊者は、お釈迦様に「この習わしを後々まで残して、自分と同じように親を救える人のために役立てたい」と申し出ます。するとお釈迦様は、「旧暦7月15日にさまざまな食べ物、飲み物をお盆に乗せて、お前がやったのと同じように仏様、お坊様、さまざまな人たちに供養しなさい。そうすれば、その功徳によってたくさんのご先祖様は苦しみから救われて、今生きている人も幸せになるだろう」とおっしゃいました。これが、お盆の始まりです。

お盆の日程あれこれ

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お釈迦様が告げた「旧暦7月15日」が、本来のお盆の日程です。この日を中心に、旧暦7月13日〜16日がお盆の期間、ということになります。
仏教の教えとともに日本に持ち込まれたお盆の風習ですが、奈良時代には天皇の命令で盂蘭盆会を祭ることが決められています。奈良の大仏を建立したことで知られる聖武天皇が733年に出した命令以降、皇居では恒例の仏事になりました。平安時代には盂蘭盆会を祭る風習は貴族の間に定着します。時代が下って明治時代になると、京都府は盂蘭盆会の習俗すべてを風紀上良くないと廃止するように命じたこともあったといいます。明治政府は仏教よりも神道を重んじましたから、その影響かもしれませんね。しかしその命令によってもお盆を止めさせることはできず、日本の夏の伝統行事として広く行われ続けています。

明治維新は、日本にさまざまな変革をもたらしました。先ほど触れた神道優遇もそうですが、もっと規模の大きい変化もあります。それは、太陽暦(新暦)の導入です。明治5年、日本政府は太陽暦を導入しました。旧暦の明治5年12月3日を、明治6年1月1日として新暦に切り替えたのです。これを明治改暦といいます。この布告は明治5年の11月9日に交付されたため、世の中は大混乱に陥りました。毎年10月1日には翌年の暦(カレンダーのようなもの)を売り出していましたから、これはすべて返品。新たに暦を作り直さなければいけなかったために、業者は大混乱に陥ったといいます。なぜこんなに急だったかというと、明治政府が貧乏だったせいだといいます。旧暦ではうるう日(4年に一度、2月を一日増やす)のかわりに閏月というものがあり、一ヶ月増やさなければいけませんでした。すると、月給制をとっていた公務員に払う給料が一ヶ月増えてしまいます。そこで新暦を導入すると12ヶ月で済む上に、明治5年は12月が2日しかない計算になりますから、なんと11ヶ月分しか給料を払わなくていい、ということです。どうもしまらない話ですが、明治のようにあらゆるものが変わっていく時代には、このようなドタバタはよくあることのようです。

さて、新暦導入によりお盆もかわりました。新暦と旧暦にはおよそ一ヶ月の開きがありますから、8月のお盆が生まれ、さらに3つの時期に分かれていきました。

  • 1.7月13日~15日
    旧暦の日付をそのまま新暦に移したもの。
  • 2.8月20日前後(旧盆)
    旧暦7月15日が新暦でいう8月20日前後のため。
  • 3.8月13日~15(または16)日(月遅れの盆)
    当時は、日本国民の8割が農業に従事しており、新暦7月15日は農作業の忙しい時期に重なることに配慮した。お盆を1ヶ月遅らせて「月遅れのお盆」としてお盆の行事をゆっくりできるようにしたため。
    • 時代が下るにつれて旧盆は廃れていき、全国のおよそ7割の地域で8月15日前後にお盆を行うようになりました。カレンダーに旧暦が掲載されなくなったという理由もありますが、旧暦は新暦との対照が毎年変わるのでわかりにくいこと、日付を固定したほうが予定を立てやすいことなどによるとされています。

      数は少なくなったとはいえ、今でも他の日程でお盆を行う地域はあります。
      8月15日以外にお盆を行う各地域では、以下のような日程でお盆を行います。

      • 1.7月13日~15日
        東京都を中心とした南関東、静岡旧市街地、函館、金沢旧市街地など
      • 2.8月20日前後(旧盆)
        沖縄県、奄美など南西諸島の一部
      • 3.8月13日~15日(月遅れの盆)
        西日本全般と北関東以北(日本のほとんどの地域)
      • 4.その他(8月1日など)
        岐阜県中津川市付知町、中津川市加子母、東京都小金井市、国分寺市、府中市、調布市など多摩地区の一部
      • 東京などの都市部では、日本各地から移住してきた住民が多いですから、皆さんそれぞれの日程でお盆を行います。ここで挙げた地域でも、8月15日を中心にした日程でのお盆もありますから、ご注意ください。

お盆の時期と期間

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お盆の日程はなぜ決まったのか

夏休みといえば、お盆。暑い時期でスイカやかき氷も欠かせませんが、そんな中で年間を通じてもっとも法事が多い時期でもあります。お盆はご先祖様を供養し、その霊を慰め、供養する行事とその期間のことを指します。亡くなったご先祖様が、極楽浄土から現世に帰ってくる日なのです。

cc370b9ad943c887791bcd183f5e926e_sそもそもは盂蘭盆会といい、これはインドで使われていたサンスクリット語の「ウラバンナー」という言葉を漢語にしたもので、もともとの意味は「逆さ吊り」。逆さ吊りとお盆になんの関係が?と思いますが、これは「逆さ吊りにされたような苦しみを取り除く」ということだそうです。

盂蘭盆会の由来は、「盂蘭盆経」という経典に書かれている説話によります。

お釈迦様の十大弟子の一人に、目連尊者(もくれんそんじゃ)という方がおられました。容姿端麗、今でいうイケメンで、さまざまな学問に通じていました。お釈迦様の弟子になってからは神通力を得て、この力でお釈迦様の説法を邪魔する悪魔や龍を降伏させたり、迫害しようとしてくる人間を追放したりしたので、いろいろと恨みを受けて迫害されることも多くありました。

その目連尊者が、初めて神通力を得た時のことです。
目連尊者は、亡き父母に何かできないものか?と思い、その力を使って両親の行方を探したところ、餓鬼道に落ちて何も飲み食いができず、苦しんでいる母親を見つけました。何とか母親を助けたいと思った目連尊者は、鉢に盛ったご飯をお供えとして差し出します。でも、母親がご飯を食べようとすると、口に入れる前に炭になってしまい食べることができません。
目連尊者は号泣し、お釈迦様のところへ戻って、母親の話をしました。
すると、お釈迦様は「あなたのお母さんの罪は重かったようで、あなた一人の力ではどうにもできません。」と諭して、「旧暦7月15日に、安居(あんご)の修行を終えたお坊さんたちにたくさんのお布施やおごちそうをして、心から供養しなさい。そうすれば、父母も先祖も親族も三途の苦しみから逃れることができて、時に応じて解脱し、衣食には困らないでしょう」と、おっしゃいました。
目連尊者が、お釈迦様に言われたとおりにすると、母親は餓鬼から逃れることができ、歓喜の舞を踊りながら無事に往生することができた、といいます。

実は盂蘭盆経は後世に中国で作られたお経で、このお話はインドにはありません。しかし、インドから伝えられたお経「餓鬼事経」には先祖を供養することの大切さが書かれていますから、仏教にこのような考え方があったのも事実でしょう。仏教が中国に伝来し、その教えを広める中で中国古来からの先祖供養の大切さを表すお経が書かれた、ということでしょうか。
さて、母親を救うことができた目連尊者は、お釈迦様に「この習わしを後々まで残して、自分と同じように親を救える人のために役立てたい」と申し出ます。するとお釈迦様は、「旧暦7月15日にさまざまな食べ物、飲み物をお盆に乗せて、お前がやったのと同じように仏様、お坊様、さまざまな人たちに供養しなさい。そうすれば、その功徳によってたくさんのご先祖様は苦しみから救われて、今生きている人も幸せになるだろう」とおっしゃいました。これが、お盆の始まりです。

お盆の日程あれこれ

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お釈迦様が告げた「旧暦7月15日」が、本来のお盆の日程です。この日を中心に、旧暦7月13日〜16日がお盆の期間、ということになります。
仏教の教えとともに日本に持ち込まれたお盆の風習ですが、奈良時代には天皇の命令で盂蘭盆会を祭ることが決められています。奈良の大仏を建立したことで知られる聖武天皇が733年に出した命令以降、皇居では恒例の仏事になりました。平安時代には盂蘭盆会を祭る風習は貴族の間に定着します。時代が下って明治時代になると、京都府は盂蘭盆会の習俗すべてを風紀上良くないと廃止するように命じたこともあったといいます。明治政府は仏教よりも神道を重んじましたから、その影響かもしれませんね。しかしその命令によってもお盆を止めさせることはできず、日本の夏の伝統行事として広く行われ続けています。

明治維新は、日本にさまざまな変革をもたらしました。先ほど触れた神道優遇もそうですが、もっと規模の大きい変化もあります。それは、太陽暦(新暦)の導入です。明治5年、日本政府は太陽暦を導入しました。旧暦の明治5年12月3日を、明治6年1月1日として新暦に切り替えたのです。これを明治改暦といいます。この布告は明治5年の11月9日に交付されたため、世の中は大混乱に陥りました。毎年10月1日には翌年の暦(カレンダーのようなもの)を売り出していましたから、これはすべて返品。新たに暦を作り直さなければいけなかったために、業者は大混乱に陥ったといいます。なぜこんなに急だったかというと、明治政府が貧乏だったせいだといいます。旧暦ではうるう日(4年に一度、2月を一日増やす)のかわりに閏月というものがあり、一ヶ月増やさなければいけませんでした。すると、月給制をとっていた公務員に払う給料が一ヶ月増えてしまいます。そこで新暦を導入すると12ヶ月で済む上に、明治5年は12月が2日しかない計算になりますから、なんと11ヶ月分しか給料を払わなくていい、ということです。どうもしまらない話ですが、明治のようにあらゆるものが変わっていく時代には、このようなドタバタはよくあることのようです。

さて、新暦導入によりお盆もかわりました。新暦と旧暦にはおよそ一ヶ月の開きがありますから、8月のお盆が生まれ、さらに3つの時期に分かれていきました。

  • 1.7月13日~15日
    旧暦の日付をそのまま新暦に移したもの。
  • 2.8月20日前後(旧盆)
    旧暦7月15日が新暦でいう8月20日前後のため。
  • 3.8月13日~15(または16)日(月遅れの盆)
    当時は、日本国民の8割が農業に従事しており、新暦7月15日は農作業の忙しい時期に重なることに配慮した。お盆を1ヶ月遅らせて「月遅れのお盆」としてお盆の行事をゆっくりできるようにしたため。
    • 時代が下るにつれて旧盆は廃れていき、全国のおよそ7割の地域で8月15日前後にお盆を行うようになりました。カレンダーに旧暦が掲載されなくなったという理由もありますが、旧暦は新暦との対照が毎年変わるのでわかりにくいこと、日付を固定したほうが予定を立てやすいことなどによるとされています。

      数は少なくなったとはいえ、今でも他の日程でお盆を行う地域はあります。
      8月15日以外にお盆を行う各地域では、以下のような日程でお盆を行います。

      • 1.7月13日~15日
        東京都を中心とした南関東、静岡旧市街地、函館、金沢旧市街地など
      • 2.8月20日前後(旧盆)
        沖縄県、奄美など南西諸島の一部
      • 3.8月13日~15日(月遅れの盆)
        西日本全般と北関東以北(日本のほとんどの地域)
      • 4.その他(8月1日など)
        岐阜県中津川市付知町、中津川市加子母、東京都小金井市、国分寺市、府中市、調布市など多摩地区の一部
      • 東京などの都市部では、日本各地から移住してきた住民が多いですから、皆さんそれぞれの日程でお盆を行います。ここで挙げた地域でも、8月15日を中心にした日程でのお盆もありますから、ご注意ください。